「全部できないと」が、子どもの可能性を潰しているかもしれない
「国語はいいんだけど、算数がひどくて」
こういう言い方をされることが、あります。
理科は悪くない。社会も普通。でも算数が、と。
そういうとき、僕が心の中で思っていることを正直に書きますね。
いや、国語がいいからいいんじゃないの、って思うんですけどね。
冷たく聞こえたらすみません。でも本気でそう思っているんです。
ラジオでも、こんなふうに話しました。
成績でデコボコがあってもいいんじゃないかなって僕は思ってるんですよ。……得意不得意があっていいんじゃないか……国語はいいんだけど算数がひどくてみたいな感じで……いや国語がいいからいいんじゃないの、って思うんですけどね。……全部良くないといけないっていう、こう型にはめちゃって、子供の可能性を潰しちゃってる
ここで僕が引っかかっているのは、算数の点数じゃないんです。
「全部良くないといけない」という型のほうなんですよね。
型に入らないから、はみ出す
型の話を、もう少しだけ。
反抗期って、なんで起こるんだと思いますか。
僕の考えは、こうです。
反抗期って結局さっきも言ったように、お母さんが型にはめようとするから、その枠の中で合わないから反発して反抗期っていうのが起こるんですよね。……その枠さえ作らなければ、全然自由なので反抗なんて起こらないんですよ。
枠があるから、はみ出す。はみ出すから、ぶつかる。
成績のデコボコも、まったく同じ構造なんですよね。
「5教科まんべんなく」という枠を先に置くから、算数が「欠けているところ」に見えてしまう。
枠を外してしまえば、それはただのその子の形です。
もちろん、志望校の配点というものはあります。だから算数を捨てていい、という話ではありません。
ただ、点数を上げる作業と、「うちの子は足りない子だ」と親子で思い込むことは、別なんですよね。
前者はやったほうがいい。後者は、やらなくていい。
「本当にやってるの?」がなくなるだけで、少し楽になる
もうひとつ、お母さんの側の話をさせてください。
僕がホームスクールという形にたどり着いた理由の中に、実はこれがあります。
家で勉強した方が子供たち幸せになるんじゃないかな……なんでかっていうと親が見てるから。塾行ってると、本当にやってるの?みたいな。……家でやってる姿を見れば、結構安心できる
塾に送り出したあとの、あの時間。
ちゃんと座っているのかな、聞いているのかな、と考えてしまう時間ですね。あれ、けっこう消耗すると思うんです。
家でやっていれば、その心配だけは消えます。
集中していない日は、していないと分かる。分かるから、それ以上は想像しなくて済む。
安心って、こういう地味なところから来るんですよね。
家庭教師をしていたころから感じていたのは、勉強が嫌いな子でも伸ばすことはできる、ということでした。
ただしそれには、締め付けるのではなく楽しませる姿勢が要ります。
そして、勉強を心から面白いと思っている先生自体が、そんなに多くない。
だから僕は、家をその場所にしたほうが早いと考えました。
この番組で話していく3つのこと
いま、中学受験を経験したお母さんと一緒に、ゆるいラジオを始めています。
二人で決めた軸は3つです。
- 子どもの可能性を潰さずに受験する
- 成績のデコボコを気にせず、自己肯定感を高める
- 反抗期を通して、むしろ親子関係を良くする
どれも、点数を上げる技術の話ではありません。
受験が終わったあとに何が残っているか、の話です。
算数がひどい。それは、事実として置いておけばいい。
その隣に「でも国語がいい」を、同じ大きさで置いてあげてほしいんですよね。
この回は、Podcastでも話しています。→ゆるい方が中学受験は成功する!
同じラジオから、反抗期の話も書いています。「全部できないと」という型と、反抗期を生む型は同じものです。→反抗期は、なくていい
お子さんの学び方について、誰かに話してみたくなったら、こちらからお気軽にご相談ください。
無料の個別相談で、その子に合った最初の一歩を一緒に考えますね。
この記事を書いた人
鈴木 裕人(Arist代表)
福岡の家庭教師・ホームスクール「Arist」代表。1対1指導5,000時間。学校に行かない小学生の、勉強がある居場所「コノハナ」主宰。プロフィールはこちら



